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2015年07月21日

いのちをいただく/文・内田美智子:西日本新聞社と不食と解剖実習と両性識有



店頭に並べられた加工・パック済みのお肉。
それしか見ない・知らない人がなんと多いことか。
食品を廃棄する…それに抵抗を感じない人のなんと多いことか。

ことは牛肉だけの問題ではありません。
鶏肉も魚も…野菜だって、その命を頂いていることに違いないのです。

それらをしっかり受け止めて、感謝とともに頂きたいものです。



私は賞味期限が切れようと傷んでいようとカビが生えていようと…、頂ける限りみんな頂きます。
命を粗末にしたくないから。
そうして思っていたら・頂いていたらいつしか好き嫌いなんてなくなっていました。

賞味期限切迫品や見切価格の惣菜ばかり買っているのは、それを過ぎたら廃棄されてしまう可能性が高いことを憂いてのこと。
定価販売されているような商品なら私以外の誰かが買うのでしょうし、それを私が買うことはその人が買う機会を奪っていることにもなってしまいます。



不食という話題もあります。
命を頂かなくても私たちは生きていけるのでは?…そんな疑問が投げかけられています。

私たちは命そのものをよく知りません。
今私には命があり生きていますが、それはつまり?
…なんなのでしょう。





そんな折。
解剖実習の廃止を求める活動に賛同を求めるメールが届きました。

命を粗末にしているから?
命を頂いて生きている私たちをどう思っているのでしょうね。



そうでなくても土佐衛門・行き倒れ・朽ち行く死体など、人間はもちろん動物であっても「死」というものを日常に目にすることがなくなって久しいです。

食肉の屠殺もどこか知らないところで行われ、「命」を感じることがありません。

衛生的な生活環境を手に入れて、私たちは死というものを生活から遠ざけました。



義務教育と称して生体の構造と知識を広く普及させようと目論んだ、そのためには生体解剖の実習をさせることがなによりなのでしょう。

「命を頂いている」「命を頂いて生きている」「生かされている」

その自覚があればその教育を義務にするまでもない、わざわざやる気のない人を相手に生体解剖させることもない。

解剖実習の廃止を求めるあなたは命をわかっていますか?
毎日命を頂いている自覚はありますか?
生かされている命・今この瞬間に命を懸ける覚悟はありますか?
…何か本末転倒な気配を感じます。

その活動は本当に向上心・向学心・探究心を持った人からも動物実験という手段を奪ってしまいかねないようにも思います。




命の重さは量ることができない、人の都合で処理していいものではない。
などと云われたりするかと思えば。

流れ作業のように屠殺され解体されパックにされて、私たちが頂く命があれば。

尊いものだと叫ばれて手厚く保護しようとする命があったり。



全てを受け入れ愛したいものです。

…というより、「すべてを受け入れ愛せるか?」
問いかけられている気がします。




両性識有153ページ
今に満足することなくより良きものを求める向上心、それはより良き未来を想像し、より良き未来を創造する、そのエネルギーの源泉。
しかし今ここに在る奇跡を思えば、相対評価を気にするまでもなく、今の否定など意味がありません。
足るを知ること、そこにいる青い鳥に気が付くだけ。

同156ページ
生老病死は命あるものの定め、何事にも囚われず生きるという事だけにしがみつかず、老いも病も、死だって喜んで迎えたいと思うmoyaですが、今を生きることの大切さを教えて頂けたような気がしています。

同157ページ
飢えや渇きに思い煩うことのないこの環境に…、moyaにたくさんの機会を与えてくれて人の営みを感じさせてくれるこの社会に…、命を分けて頂く日々の食事に…、今私が認識するものしないもの、そのすべてに感謝したく、また、ありがとうと伝えたく。
博愛主義のつもりはないけれど、そこに相対価値なんてない。



感謝します、ありがとうございます。
posted by moya at 21:32| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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