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2012年10月09日

多様性を求めたはずじゃ?

何にでもトップ・一番・優勝劣敗を決めたがる、明らかにしたがる。
順位をつけてまで、強くそれを感じようとしている


多様性から優越感と劣等感が感じられます。
それはどちらも同じこと、同じことの違う一面に過ぎません。


そんな対比はここならではの大事なこと。
対比されることでより強く…私の中に自我を感じます。
自我が私を感じます。


みんな同じ…では意味がない。
違うから…って蔑視することもない、まして攻撃などとは片腹痛い。


レジャーとわかったうえでのそれならいいのだけど、
そこに自身の存在意義をかけてまでの想いとなると行き過ぎのような気がします。


多様性を求めた今ここ・この世界のはずが、グローバルにネットに均質化・単一化しようとしてる。
オリンピックと言わずとも、世界選手権のようなものは数々あります、そのどれもが統一基準の順位付け。
順位をつけるから…気にする人間はいるし、それがニュースバリューを持つほどに注目されるって、なんか違わないですか?


ナンバーワンだオンリーワンだってなんかあったけど、1=ワンにそこまでこだわるのってどうなの?
グローバル化=世界は一つ=基準は一つ、…住みやすいのかもしれないけど息がつまりそう。
中庸でよし、一番でよし。
然したる意味もないのでしょうに。


それだけ平和で、余裕を持ったヒマな人たちが多いってことは素晴らしいことなんでしょうけど。
慮(おもんばか)るっていうのが死語になりつつあるような昨今。
折角ここまで育った多様性が活かしきれていなくてもったいないよね。


一緒でよし・違ってよし、面倒みきれない気分のmoyaです。


感謝します、ありがとうございます。
ラベル:同じ 優劣 多様性
posted by moya at 19:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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