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2010年05月09日

スピ大トピックへの書き込み

「各自の繰り返しのパターンをシェア」
つまり…改善したいと思っていつつも繰り返してしまう、そんなパターンですよね。

例えば…普段の手順・段取りとは違う仕事を臨時に頼まれたようなとき、その手順・段取りをするべき時になったら私はそのことをすっかり忘れ、まったく普段どうりに仕事をしてしまう。
…というような…物事に対して気・意識が回りきらなくなったとき、まったく子供じみた・自分でも信じがたいようなイージーミス、それを年に数回してしまいます。
ですがそれは「忙しい」の言葉通り「心を亡く」してしまい、余裕を無くしてしまった。そのせいだと思っていますので、「ご愛嬌にしてくれぃ!ww」(もちろん謝罪する必要があるときは謝罪しています;)…なんて具合に、特筆改善しようとは思っていないのでココにシェアさせてもらってよいのかどうか…。



転職経験もそう、経歴に連なる仕事・職場は二十種以上。
その在職期間は数日(!)から数年まで、開きがあります。一定期間が来ると繰り返してしまう、そういうものではないのですが。
その大筋の流れは皆同じ…「仕事の段取りが一通り飲み込めた頃、その仕事への興味を失う。それとほぼ同時期に、職場の人達の人間像がおぼろげながら見えてくると…その底の浅さに諦めにも似た喪失感を覚え、その職場への魅力を失う。」

もっと自分を試したい…だとか・休日の設定が気持ちと合わない…だとか・社長とケンカした…だとか・人間的なものではなく結果の数字だけを求められる環境に疑問…だとか・その給与設定ではどうしてもやっていけない…だとか・仕事の段取りはすぐに飲み込めたけど、段取りでなく数字でなく職人技的なものが求められた職場(会社は「気長に」と言って下さいましたが、文字通りの「暗中模索」その道を極めることと私の人生が重なるとは思えず)…だとか。
一生涯最後のセレモニーの一端を受け持つ業者として、ミスが許される環境ではない!と自分を追い込んで、それが重くなりすぎた(決して会社からの追求が強かったわけではなく)…だとか。
「ボケ!」関西系のするどく激しい突っ込みについていけなかったり…だとか。

理由は様々に退職・転職を繰り返してきましたが、表向きではない本当の理由はほとんど共通。
(自営業(ケーキ屋さん)へは魅力を失ったわけじゃなく、採算上の理由で閉めざるを得なかった。…とはいえ、それに囚われない今ココで思うと、それは頃合だったように思います)

思えば…小さな頃から憧れていた職業があったわけでもないので、「働く」ということを意識し始めた義務教育後半の頃…「仕事探しって何をどう探せばいいの?」…皆目わからず。
だったらあらゆる職場を経験してみたい!
だけどそれは「生涯一つの会社でがんばり続けるのが普通」な社会的価値観の中、到底言い出せることではなく。
結果論ですが、当初の希望を私は遂げている…とも思います。

若い時分に比べれば世界観も広がり、「自己最長記録更新中!」四年目の職場を含め…一つの環境に多くを求めなくなりました。
これも問題と認識していないので、ココにシェアさせてもらうべき事柄なのかどうか…。





そして畏れながら、コメントさせていただきます。

「許す‥ってこと。赦しにはとても至りません。ずるい‥って思ってしまう」

その人がいたことで私が無用の苦労・心労を負うことになった…そんな経験があったとします。その出来事の記憶は、誰しもが何十年…亡くなるまで残るものでしょう。
その経験に囚われて「その人がいなければ・その人があんなことをしなければ・言わなければ」なんて追求する姿勢があるうちは…まぁ…許すことができていないのでしょう。
そこの「許す」と「許していない」、その境界線は?
宴席などで「あのことがなければねぇwww」なんて会話に出ることもあると思います、その人は許すことができていないのか?

言語化し明らかにしようとする弊害なんだろうと思いますが、この場合「許す・許していない」・「100%・0%」に特化しすぎている気がします。
必要以上に囚われない、それで十分だと思いますし、なによりもそこからの気がします。

「ずるい…」
負の感情に囚われる、そんな時間をもったいなく思います。
敵意にも似た感情を抱く対象、私はそれから一分一秒でも早く遠ざかりたい。www






優劣パターン
優も劣も・上も下も・右も左も…全ては相対的な認識に過ぎない。
みんなが優になれば劣はいなくなるのか?といえばそうではなく、その中でまた劣が作り出される。
人の創りだした便宜上の尺度、ある種のゲームの様でもあり。
しかし本質的価値と混同されたそれは、とても不毛なものを感じます。






今やらずに後回しにする事、大事な事ほど後回し。
やはり私自身にもそんな傾向を見つけたとき、必要だと思われることならとにかく今やること!Do It Now!
締め切り時間のあることなら、優先順位も意識して!Do My Best!
それが肝腎だと思っています。
それでも必要時間を読み違えたり、後でもよかったな…なんて読み違えたりすることもあります。
^^;
生ごみのおかげで床掃除のきっかけになって、よかったじゃないですか?
ため息なんてことじゃないですよぉ〜。
^^;;



人間に対する不信感「信じた私がバカだったんだ」
私も似たようなことを考えたことがあります、信じた私はそれだけ未熟だったんだ…って。
以来…「人に期待しない」という方法論を身につけました。
そして今、信じるも信じないもそれは個人の勝手であり、目の前にあることを信じて受け入れるか否か、それだけの気がしています。




私も職場ではバカを演じることが多々あります、そのほうが空気が穏やかにコトが円満に進むと思うからです。
(そうして受け入れられることはつまり、相手の自尊心をくすぐること。互いに敬意を持った対等な付き合いには程遠いそれ、私は哀しい思いを抱きます)
そもそも敬意とは強請できるものではなく、自発的な意思にほかなりません。バカをやっていても尊敬される人は尊敬されますし、エラぶってもバカにされる人はバカにされます。
相手の主観にまで関与しようとすることは傲慢であり、世論・空気にもなるそれを相手にするは分のない勝負。だったら私は自分に問いかけている時間のほうが有意義に感じます。





長文恐縮です;
感謝します、ありがとうございます。




posted by moya at 15:19| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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