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2009年08月02日

家族の肖像

先日、母は直線距離にして数百キロ離れた兄宅へ行きました。

状況によっては、そのまま生活拠点をそちらへ移すつもりで。








着いた母は兄に叱責されたと、思っていたより早く帰ってきました。

金のないヤツに用はないと返されたのか、母の世間知らずな傍若無人ぶりに辟易したのか。

後者であればこちらの望みも半ば完遂、問題は前者。








検事
まとまった資金があるはずだから、それをこちらの資産に巧く組み入れることができれば問題ない、moya等は独りで生活基盤を築いていける。
…そんな独り善がりな思惑があったものと推測されます。


弁護士
世間一般のおじいちゃんおばあちゃんのように、自由になるお金を当然持ってくるものと、場合によれば子供へお小遣いでも…思っていたのでしょう。
資産云々ではなく…親・子・孫、三世代間の世間一般的な交流として、一般常識的に、ある程度のお金を期待することは決して悪いことではありません。


兄意見陳述の機会があるのか無いのかわかりませんが、その機会を待つしかないようです。













母と姉の会話が漏れ聞こえてきました。

「moyaが「孫にあげてもそのリターンは?」って言うんだよ」

「moyaは親になったことがないから、(親族・知人が)子ども(我が子)へ小遣いをくれるということ、その親としての嬉しさ(誇らしさ)はわからないよ」








うん、それは確かにわからない。

想像はできる…でも、それでわかったと言うのは不毛なこと。

子どもへの施しはその親へのものでもあるということ。遠く何百キロも離れた孫(=子)へ、借金してまで現金を送ろうとする姿、気持ちはわかりますが…どこか違和感を感じます。








つまりココでの問題は…孫に小遣いを上げようかどうしようか、意見を聞いて回るくらいの、母の主体性の無さであること。

あげたければあげればいいし、そう思わなければそれでもいい。

なんですかねぇ…。







感謝します、ありがとうございます。





posted by moya at 22:33| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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